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姫路簡易裁判所 昭和34年(ろ)381号 判決 1960年8月23日

被告人 李朝子

昭六・九・二九生 無職

主文

本件公訴は之を棄却する

理由

本件公訴事実の要旨は

「被告人は氏名不詳者数名と共謀し所轄税務署長の免許を受けないで昭和三十三年九月二十日頃、姫路市飾磨区中島一八三五番地附近の物置小屋に於て三六立型及び七二立型たるに麦約四五〇瓩、麦麹約二〇〇瓩、水約一〇〇〇立を原料として仕込み、発酵させ其頃アルコール分一〇・八度乃至一一・八度のもろみ約一、五六三立を製造し更に同年十月十日頃その中約七〇〇立を蒸溜してアルコール分一八度乃至一九・八度の焼酎約二五三立を製造したものである」

と謂ふにあるが上記犯則物件所在場所は朝鮮人密集部落であつて同所に於て相当大規模な酒類の密造が行はれつつありしことは差押物件等により明白である。然りと雖之等酒類の密造者が何人なるかに就ては収税官吏等の調査不充分により犯則者の自供調書を作成し得ざりしため止むなく密造物件所在物置(独立家屋にて所有者不明)電灯契約者が李正守名義なりしを以て同人を犯則者なりと推定し充分なる証拠を蒐集せずして姫路税務署長は之を告発したのである。

然るに検察官は被告発者たる李正守に犯則嫌疑なしとし之を除外し上述の如く李朝子が氏名不詳者数名と共謀して本件を犯したるものと認め公訴を提起したのである(李正守の住居氏名は告発書検察官調書により判明しているから氏名不詳者中には含まれないこと当然である)之に対し弁護人は斯くの如き税務署長の告発せざる李朝子に対する公訴提起は不適法なものであるから之を棄却すべきものなりと主張するので先づ之を検討する。

凡そ税務官吏の告発は国税の徴収を確保するため行はるるものであつて犯則事件の調査を完了したるときは先づ通告処分を行ふを原則とし(昭和二三年七月二七日法務庁検務局長通牒参照)例外として犯則者の居所不明(氏名不詳にあらず)逃亡、証拠いん滅の虞ある時又は懲役刑を課す必要ある場合に限り直ちに告発する旨規定せられている(国税犯則取締法第一三条以下関税法第一三七条第一三八条)通告処分は犯則者に対する私和であるから之を行ふには先づ犯則者の資力、遵法性前科等を調査し罰金に相当する金額、徴収金に相当する金額等を明示し之を納付すべき旨を通告するのであつて当然特定人に対してのみ行はるるは自明の理である。

従つて甲に対する通告が乙に対して効力を有する理なく之を前提とする告発につきても亦原則として同一なりと云はねばならぬ。之に反し刑事訴訟法第二三八条第一項の告訴は犯人が何人たるかを問はず犯罪事実の指示さへあれば犯人を特定するを要せず又犯人の指示を誤つてよいし後日之を取消すことも出来る。斯くの如く行政法規上の告発と刑事法のそれとは同一用語を用ふと雖もその立法理由を異にしその効果も亦異なるは謂ふを俟たざる所である。故に犯則事件の調査に就ては刑事訴訟法によらずして国税犯則取締法、関税法等の規定により収税官吏の身分に於て行動し決して司法警察職員の職務を帯ぶるものでないしその作成文書も別途によるは明である。(明治三十五年六月十二日大判)

国税犯則取締法には二種の告発あり即ち同法第十二条ノ二に規定するものは単に収税官吏の事件処理方法たるに過ぎずしてこの告発なくして提起せられたる公訴は何等の瑕疵を存せざるも同法第十七条の告発は訴訟条件にして之なくしては公訴提起の効力を欠くものである。

既に述べたる如く第十七条の告発は原則として通告処分を前提とするのであるが通告処分が特定の者に対して行はるるは当然であるから告発も亦特定の者を対象とすることは自明の理である。然るに検察官は姫路税務署長が犯則者なりと認定して告発せる李正守に対しては同人に犯罪の嫌疑なしとして不問に付したのみならず本件共犯者の一人でもないとしかへつて同人と無関係なる李朝子(戸籍上は李正守の妻なるも)を犯則者なりと認定し公訴を提起したことは公訴状の文言により明白である。検察官は刑事訴訟法第二三八条第一項に規定する告訴不可分の原則により告発は犯罪事実を対象とする故被告発者の何人たるかは問ふ所に非ずとするのであるが上述の如く税法上の告発は特殊の意義を有するのみならず刑訴第二三八条の規定する告訴に於ても相対的親告罪に付ては数人の共犯者中身分関係なき者を犯人として特に指示しているときは身分関係ある共犯者にはその告訴の効力が及ばないのであつて所謂告訴不可分の原則は無制限に適用し得ないものである又昭和三十年二月八日最高判決は税務署長が何人かを告発すればその犯罪事実全体に対し告発の効力が及ぶと謂ふにあらずして只「酒税法違反事件に於て共犯者の一人に対してなした告発は他の共犯者にも効力がある」としているもので共犯者間の効力を述べたものに過ぎないから税務署長の告発した李正守が犯則事件に無関係なりと認定せらるる以上その告発の効力を李朝子に及ぼし得ないことは当然であるし昭和二十八年六月二十六日最高裁は収税官吏の告発には刑事訴訟法第二三七条二項の準用なしとして告発の取消再度の告発を認めている。

要之姫路税務署長の告発せる李正守を被告として公訴を提起しその共犯者として李朝子を起訴する場合は李朝子に対する告発なくとも訴訟条件を具備すると認むべきものなれどもかかる前提なき限り李正守に対する告発は李朝子に対しその効力を及さずと解せらるるを以て結局本件李朝子に対する酒税法違反の公訴は訴訟条件を欠くものと認め刑事訴訟法第三三八条第四号に則り之を棄却すべきものである。

(裁判官 野世渕閑了)

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